突然ですが、デザインを変えてみました(笑)
ほとんど意味はないんですが、黒地のレイアウトを探していたらこういう結果になったということで・・・・(^^;
北斗の拳劇場版公開(^^)。
TVで放映されていたのは84〜88年。当時から人気はありました。ちょうど私は大学時代、研究室に好きな奴が居ましてねぇ・・・。私自身アニメってあまり見る人じゃなかったんですが、これは結構見ていた記憶があります(^^; 逆にガンダムとかは一度も見たことないんですけど。
劇場版ではケンシロウの声を阿部寛がやってますが、TV版では神谷明、キン肉マンと同じでした(^^;

さて、昭和のハガキシリーズです(っていきなりシリーズ化かよ)
今回貼り付けたのは、航空切手が貼られたハガキ。
「亜欧連絡記録大飛行」と書いてある方には「朝日新聞社」
「切手一枚、輝く航空」と書いてある方には「逓信省、帝国飛行協会」とあります。
この「亜欧連絡記録大飛行」とは何ぞや・・・
ということで、ちょっと調べてみました。
時は昭和12年4月、当時25歳の若き飛行士「飯沼正明」は国産機『神風』号に乗り込みます。
神風号は、朝日新聞社所有の民間機。写真の電送技術が発達していなかった当時は、航空部が原稿や写真を一刻も速く社に届けるという役割を担い、社運をかけた新聞社同士の航空記録合戦がし烈を極めていたようです。昭和12年元旦、朝日新聞は『亜欧連絡記録大飛行』と銘打った七段抜きの社告を掲載、そしてその操縦士に抜擢されたのが「飯沼正明」だったのです。
そして『神風』は、東京・ロンドン間約1万6千キロを、94時間17分56秒という当時としては驚異的なスピードで飛行、日本初の航空世界新記録を樹立しました。
「飯沼正明」は長野県南安曇郡南穂高村の出身。故郷、安曇野には『飯沼飛行士記念館』があります。
記録樹立後も彼は『東京・ニューヨーク間無着陸飛行』という夢の実現に向け努力をつづけていたようですが、昭和16年12月8日、太平洋開戦。その数日後の12月11日に、飯沼はマレー戦線で戦死ししたとのことです。
それにしてもインターネットの時代になって便利になりました。こんなことがいとも簡単に調べられるのですからね。ネット無かったら、かなり手間のかかる話・・・つぅか、調べる気にならないです。
実は『飯沼飛行士記念館』の存在は以前から知ってたんですけど、入ったことは無くて、彼がどんな人だったか全然知らなかったんです。今回、自分の持っているコレクションと結びついて親近感が湧きました。安曇野に出かけたときはぜひ訪れてみたいと思っています。
さて切手のほうですが、赤の2銭、緑の4銭切手とも2円の寄付金付きとなっていて、その寄付金は飛行場建設や飛行機製造の資金とされたようです。
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