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心と体

2009年5月14日 (木)

ジスロマック® SR

最初は喉に違和感がある感じだけだったんですが、

最初にかかった病院の薬も効かず、徐々に症状が悪化。
「こりゃあ、気管支炎になったな・・・」
という自覚症状。

あたくし、呼吸器系が弱く、中学生のとき
気管支炎で、1ヶ月ほど休んだこともあるほど。


「万が一結核だったりしたらやべぇよな」
  との思いも頭をよぎり、呼吸器科のある医院へ。

レントゲンと血液検査の結果
 気管支炎でしょうということだったのですが、

レントゲンでは、陳旧性結核も指摘されました・・・

いままで検診でそんな指摘されたことは
 無かったと思うんだけどなぁ・・・とちょっとびっくり。

  経過観察ですね・・ってことで(^^;


ネットでみると
必ずしも結核の痕跡とは限らないとも書いてありますので、
本当に結核にかかっていたかどうかは定かではありませんが
まぁ、注意はしようと思います。
 
 
さて、本日処方してもらった薬は
ジスロマック® SR、
メジコン錠、ムコダイン錠、ソランタール錠
の4種類。

なかでもジスロマック® SR
2009年3月13日薬価収載、4月6日発売という
バリバリの新薬でしたんで、
使用状況を報告したいと思います。
 
 
ジスロマック® SRは抗菌薬で、
アジスロマイシン水和物の成人用ドライシロップ製剤です。

その特徴は、なんといっても
「1回服用するだけでその効果が7日間効果が持続する」
ことです。

まぁ便利(^^)/

ウエブにある資料によると、
有効成分アジスロマイシンが
粒子径が数μm程度のマイクロスフェア
(カプセルみたいなモノか)
に包まれた状態になっており、
酸性である上部消化管では
カプセル内部の物質が外に放出されず、
中性環境の小腸に入ってから
放出されるという仕組みのようです。

抗菌薬というのは、
完全に治癒するまで飲み続けないと、
耐性菌が増えるなどの悪影響があり、
自分だけの判断で服用量を減らしたり、
よくなったからと途中で中止してはいけないものですが、
これがなかなか守られないという実態があります、

それに対して、ジスロマック® SRは
1回飲みきりで服薬が完結することで、
患者の自己判断による服薬中止を防ぎ、
薬剤耐性化の防止にも効果があると
メーカーでは謳っています。


食後2時間後以上経った、空腹時に服用してください
とのことでしたので

あたくしは、昼食後の15時頃服用。

2時間後くらいに
もしかすると副作用かもしれない腹痛(^^;

そして汗・・・

でも2時間程度で収まりました。

下痢はするかもしれない・・・ということは
医師からも聞いてましたので、
まぁこういうこともあるかも・・・という感じです。
 
 
1回の服用で7日間効果が持続するということは

副作用が発現しても7日間は手が付けられない
             ・・・ってことでして
そういう意味ではリスクもありますね。

2007年12月23日 (日)

老眼

急に来るものなんですかねぇ・・・

なんか突然、最短撮影距離が長くなってしまいました。

マクロ機能が壊れて、
「もうちょっと寄りたいけど、寄れねぇ・・・」
みたいな感じです。

歳はとりたくないモノですが、
致し方の無いことです。

ここのところ中判、大判のスキャンしまくりです。
貼付した画像もそのなかの一枚。
忍野は高座山からの富士山です。

未整理でグシャグシャだったフイルムも折り曲がらない程度に
整理を進めようとしています。

フイルムでの撮影も、
もう一頑張りしてみようかなぁと思っているところで、
ヨドバシ.comで、大判フイルム一箱頼んじゃいました。

ついでにPhotoshopCS3も・・・

Img080


2007年1月13日 (土)

もしかしてドライアイ

もしかしてドライアイ

 何年か前から目がかなりショボツクンですね。良いときもアリ、悪いときもアリって感じなんですけれど、先週なんかは目を開けていられないほどでした。無理に開けていると、異常に目が痛くて目の前が霞んでくるんです。
 
 タダの疲れ目かなぁとか、寝不足かなぁなんて、今まで思っていたのですけれど、寝ても直らないし、どうも寝不足って感じじゃないなぁなんて最近思っています。もしかしてドライアイかも?
 
Dsc08531 Webなんかには、10秒間開けていられなければドライアイの可能性が高い・・・なんて書いてあるのがありましたけれど、流石にそこまでひどくありません。予備軍くらいの感じでしょうか。
 
 クリエイト(近くのドラッグストアね)目薬を見にいったら、目の乾きに効くという目薬が随分たくさん出ているんですよね。普通の目薬よりお値段は高めですけれど、そのなかでもとびきり高いやつを買ってきました。「ロート ドライエイド」・・・「超・高粘度」というフレーズに惹かれました。」
 
 ロートのHPみたら、粘土は一般的な目薬の約60倍なんだそうで、開発秘話なんていうのがプロジェクトXっぽく載っていました。なんでも製造ラインでの「ろ過適性」が問題だったんだそうですな。

【写真】たこをあげる少女 /たこたこあがれ in 富士山会場にて
   α100 100-300mm

2006年10月17日 (火)

ホスピス転院

昨日は、中日病院からホスピスへの転院。
ホスピスは名古屋市内ではなく日進市にあり、東名のインターの近くなので車でのアクセスが便利。

朝は3時半発で6時過ぎには名古屋の栄に着。
復路は15時半くらいに出て三好インターから東名に乗り、帰り着いたのは20時過ぎ・・・。
休み無し(渋滞だから休みっ放しとも言えるが)で、5時間運転。
東名集中工事は流石に堪えました。寝不足で途中からは頭痛も酷く、疲労困ぱい。

こんな用でも無ければ、集中工事の時期に高速走ったりしないので、良い経験ではありました。

Dsc02262搬送に使った、寝台タクシーがかなり揺れたらしく、ただでさえ苦しいところをさらに苦しがっておりましたが(私は車で別移動)なんとか生きて転院できました(^^;

ホスピスは先生(ビルゲイツ似)も看護士さんも、話す言葉がゆっくりで優しいですね。やはり普通の病院とは違う感じです。当然のことながら遅かれ早かれっていう人ばかり、言葉は悪いけど「逝って当然」の世界ですので、緊迫感ってのが無いのもあるのでしょう。

まっ、とにかくここまで来たら苦しみを最小限にってことしかないので・・。

【写真】名古屋祭り・・・警備は退屈  
 α100  ミノルタ100-300mm

2006年10月 9日 (月)

命の期限

 母がもうあと何週間・・・という状況なのですが、いろいろと考えることがあります。癌の告知は5月初めにしました。大きな流れとして、今日より明日は悪くなるということを理解して、気持ちの整理が少しでも出来るかなぁと考えたのです。

 歳が歳(といっても今の平均余命からすると10年以上若い、でも昭和12年生まれの人の平均寿命よりは長いと思う)ですから、それなりの覚悟をして、準備をしはじめるのではないかという期待をしたのですが、それがなかなかそういう感じではないのです。性格なんでしょうかねぇ・・・。

Dsc01869 自分なら、あと半年と言われたら、なんとか動けるのはあと3ヶ月と考えて、まず速攻で会社を辞めます。私の父親は、亡くなる寸前まで会社に通ってました。わざわざ会社の前にアパートを借りて!!。本人に告知をしていなかったということもありますが、あたしゃぁ、そんなことはしません。とにかく辞める。そんでもってWebサイトを5年間くらいは陳腐化しない内容への再編集に入ると思います。いちおう癌患者のサイトらしく、「癒し」「心のケア」なんてのをメインにしたページにリニューアル。できれば三回忌あたりには死後の世界からメッセージくらい出るように細工する(笑)

 3年間くらいのメンテを、信頼できる知人、かみさんなんかに頼んで、カウントダウンに突入。可能な限りブログをつづけて闘病記をアップする・・・ブロードバンド病室がいいんだけどなぁ(←ホテルじゃないって)

 だから早く告知をしてもらわなくては困ります。かみさんは仕事やめられるのがいやだから隠すかもしれないので、それが心配(笑)

 あと、これまでお世話になった人に手紙を書いたり、手持ちの物品も、できる限り使ってくれる人にあげまくったりすると思うんですね。「写真」が少しでも役に立つなら、それで最後になんか人に喜んでもらえることをしてもいい。

 逆にすべてを捨て去って、どこかで一人野垂れ死ぬというのにも憧れるのですが、なかなかそういう根性は出ないから、こちらの実現は難しそうです。

 父は半年と言われてから(本人への告知無し)約3年間生きました。まかり間違ってそういうこともあるのかも知れませんが、それはそれでオマケでよかったねと考える。もちろん成功すればとりあえず完治するとか、3年、5年生きられるというならば、そりゃ治療はしてもらうでしょうが、まぁほぼダメだねとなったらたぶん頑張りません。そもそも無類の面倒くさがり屋の私は、「生きる」ってこと自体を面倒臭がっているフシがあって、あまり生に執着はしないと思うんです。それにあきらめの早さもかなりのものですから。

 私には子供もいないし、これで母がいなくなれば、面倒を見なければいけない肉親もいなくなります。かみさんはそれほど苦労しなくても生きていけるでしょう。
 仕事についても、跡継ぎは作ったつもりだから、いつやめてもいい。でも現象のメカニズムを考えたり、解決方法を考えたりするのは好きなので、頭が正常に動くうちだったら、ほんとうはこっそり相談に来てもらいたいです(笑)。

【写真】名古屋テレビ塔 α100 DT18-70mm

2006年7月29日 (土)

内視鏡下ステント治療

 ここのところ名古屋への往復が頻繁なのは、実は69歳の母が膵臓ガンで入院中だからでして、父は既におらず、子供が私だけということもあって、まぁなにかとバタバタとしているのでございます。実際のところは私よりもかみさんが大変なんですけどね。

 自覚症状・・・背中の痛みが出て検査をし、ガンであることが判ったのが今年の1月。現実的に考えて、手術してどうのこうのという状況でもなく、位置的に放射線治療も厳しいということで、治療は抗がん剤ジェムザールの投与のみ。でも、体重軽いし、体力無いしで、量が使えず、無理をしない程度に。一度、副作用が少なそうなTS-1(実際は膵ガンに対する認可は、まだされていないが、ガンは胃にもきているので胃ガンということで処理!)も試しましたが、効果が少なそうなので、またジェムザールに戻したという経緯があります。
 
 webで検索して闘病記録などみるとガンがどんどん大きくなってきて、痛みがひどくなり・・・というパターンが多いようでしたが、母の場合は膵臓ガンによる直接の痛みがひどくなる前に大腸の狭窄・・・要するに腸閉塞という症状が出てしまいました。
 
 まだなんとか少しは隙間が開いており、水分だけは通るものの、食事はNG。このままだと死ぬまで食事が取れず、さらに完全に閉塞すると、逆に常時上から胃液などを吸引しなきゃならないはめになって、かなり苦しむことになります。
 
 そこで、勧められたのが「内視鏡下ステント治療」です。
 
 ステントというのは、内腔を保持する機器で、狭窄を解除する目的で使用されています。日本でも既に冠動脈や食道、胆管等には使用されているのですが、残念まがら未だ大腸に対しては認可されていません。
 
 と、いうことで一時大学病院に転院し臨床試験として今週やっていただきました。開腹するわけでもなく、内蔵を傷つけるわけでもなく(もちろん穿孔を開けてしまう可能性は0ではない)、形状記憶合金(らしい)でできた、閉じたステントを内視鏡で確認しながら狭窄部に挿入し、その後(たぶん体温で暖められて)それが開いて狭窄を解除するという仕組み。

 挿入作業そのものは30分くらいだったのでしょうか。病室から出て、また戻ってくるまで1時間くらいのものでした。結果はとりあえず成功。術後、本人も特に違和感は無くすっきりとした様子でした。大腸ガンによる閉塞の患者にこれをした場合、当日から食事が再開できたという事例もあるのだとか。それほど患者に対するダメージの少ない治療法です。今回の治療の最終的な結果はまだ出ていませんが、少しは食事ができる状況に戻るのではと期待しています。
 
Img328 これからしばらく止めていたジェムザール投与を再開予定。これで、あとどれだけ持つかはわかりませんけど、何か目的があって出来るだけ長く生きたいという希望も特にないので、遊びにも行けず、美味しいものも食べられないなら死んだ方がいいやというくらいのもののようですから、とにかく痛み、苦しみが出来るだけ少なく、短期間で済むのが一番幸せなんだろうねぇと考えています。
 
 今回のステント治療をやらなければ、人工肛門というのがもう一つの手段になるようです。手術をして人工肛門にしてガンが完治するのならば、それはそれで有効な選択肢なのでしょうが、今回の場合、ガンそのものには手を付けず、それが原因で引き起こされた患者に苦痛を与えている症状ひとつを取り除くだけですので、そこまでハードな治療をするのはどう考えてもやり過ぎと考えました。リスクも少なく、患者の体力も消耗しないステント治療はよい選択だったと判断しています。
 
 大腸狭窄のステント治療がまだ認可になっていないのがなぜなのかはよくわかりませんが、大腸用のステントが市販され始めたのが遅かったからというのもあるようです。以前は食道用のステントを流用していたこともあって脱落してしまうという問題も時々起こっていたのだそうです。今回は海外で悪性大腸狭窄に対して承認を受けたTaewoong社製(韓国)の大腸ステントを使用しました。日本でも早く認可され正式に治療に使えるようになると良いと思っています。

2006年4月16日 (日)

絵門ゆう子さん

 先日、元NHKアナウンサー(当時の名前は池田裕子さん)絵門ゆう子さんが亡くなりました。
で、金曜日、たまたま早く帰ったら「中居正広の金曜日のスマたちへ」で、「人気アナ・絵門ゆう子笑顔で... がんとともに生きた1010日間の記録 彼女が私たちに託したねがい」というのをやっていました。

Img102 普段帰りは遅いし、TVはニュース以外はほとんど見なくて、たぶんこの中居君の番組も10回も見てないはずなのですが、前回絵門さんが出演されたときも見てました。新聞のTV欄すら確認することが少ないのでホントに全くの偶然。
 
 彼女、NHKやめて、女優なんかもやって、その頃は「なんだかなぁ・・・この女」と思ってたんですけれど、ガンを告白してから、病状は年を追う毎に悪くなっていってたはずなのに、どんどん綺麗に、ドンドン生き生きと、そしてどんどん穏やかになっていっているようにみえました。

 いつぶっ倒れてもおかしくない状況の中、最後の舞台(朗読会)を務めてって、
 かっこええなぁ・・・ああやって死にてぇなぁ・・・と思った(なんと単純な・・・)
 
 でも、まずは死んでもいいと思える仕事をやれる状況になってないといけないですよね。流石に今の会社の仕事を命懸けてやろうなんて思えないですから、もちろん迷惑ですし(笑)
 
 クダラネェ写真じゃなくて、感動を呼び生きる力が湧いて来るような、そんな写真が撮れるなら・・・うーむ、無理だな。

【写真】富士山本宮浅間大社にて 
    ミノルタオートコード 
    フイルム 富士PRO400

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