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2017年8月

2017年8月27日 (日)

映画「SCOOP!」・・・マニアな見方www

映画のお話です。
 
と言っても、新作ではなく昨年の・・・・(^^;;
 
SCOOP!
   福山雅治がパパラッチ役で主演している映画です。
   監督は大根仁。
 
 
 
 
 何かの映画を見に行ったときに予告編を見て、これは写真屋さんとしては観ておかなくっちゃと思いながらもそれっきりになっていたのです。夏の休み中に体調が悪くて、家でゴロゴロしておりましたので、観ました(~_~)
 
そうでなくても、観たとは思いますけど。
 
公開中、さほど評判になった記憶も無いので、流行らなかったのでしょうか。それとも私の記憶がないだけかも。
 
しかしこれが、なかなかよかったのです。主役の福山くんのエロ中年ぶりは堂に入ってました張り込み撮影のシーンはかなりリアル。他のキャストも良い味を出していたと思います。なかでも情報屋のチャラ源を演じたリリーフランキーさんの、かなりヤバイ演技がよかったです。あの方、凄い役者さんなんですね。もともと本職の役者さんではなく、もの書きさんのはずなんですが、あんな演技が出来る人なんだと驚きました。
 
そうそう、出演者といえば不肖宮嶋さんも出演されていて、ファンサービス(ってなんのファンなんだか)もしっかり。
 
今回調べてて知ったんだけれど、本作にはオリジナルがあるんですね。
 
1984年に制作された盗写1/250秒 OUT OF FOCUS
 
本作で福山さんが演じた主役のパパラッチ役はオリジナルでは2人に別れていて、宇崎竜童さんと原田芳雄さんが演じたそうです。そして本作では二階堂ふみさんが演じた新人記者の野火斉藤慶子
これで当時既に現役のカメラマニアだったアタクシはあれっ思うわけですよ。
 
 
Canonae1puzakiryudo
 
 
宇崎竜童氏と言えば、当時のCanon AE-1プログラムのCMキャラクターじゃないですか。対して斉藤慶子さんはミノルタのCMキャラクターだったんです。Canon vs MINOLTAじゃんって。
 
 
 
 
記憶の中では斉藤慶子さんも一眼レフのCMに出ていたような気がしていたのですが、調べてみると実際は「押すだけ全自動」だけだったようですね。先代のミノルタCMキャラクターで、熊本大学の先輩でもあった宮崎美子さんのX-7(普及型一眼レフ)のCMが、あまりに"ぴかぴかに光って"印象的で、そんな印象を持っていたみたい。
 
   記憶修正!!
 
 
 
 
いずれにしろ、映画に登場したカメラはCanonでしょう。1985年だったらきっとNewF-1でしょうね。その映画観てみたいなぁ・・・。
 
ジジイなものですから、相当話が脱線してしまいました・・・
 
話を本作に戻します
 
本作、主人公の都城静が使うカメラCanon EOS 1DX。ただ「Canon」ロゴは黒塗りになっていました。スポンサークレジットにも当然メーカーの名前は無しメーカーのイメージアップには繋がらない映画だってことでしょうか。
 
後半、もう一台、クラシックカメラが登場します。
それはContax IIで、こちらはロゴは消されていませんでした。
レンズはSonnar 50mmF2かなぁ。
 
都城静はロバート・キャパに憧れカメラマンを志したという設定。
 
キャパと言えばライカと連想される方が多いと思いますが、ライカをメインで使っていたのは初期の頃で、インドシナで地雷を踏んで亡くなったとき持っていたカメラは、Contax IINikonSなのです。
 
だから「Contax II」なのかなぁ・・・と思ったりするわけ。
 
キャパが世に出るきっかけとなった写真「崩れ落ちる兵士」も本作では重要な意味を持ちます。この写真はキャパが戦場で撮影したものではないというのが今では定説で、ゲルダ・タローが撮ったものだという説も有力になっております。
 
二階堂ふみがゲルダに見えてきた・・・
 
カメラ、写真オタクの方で、観ていない方は、是非www

2017年8月16日 (水)

台湾⑬ 二二八事件と二二八和平公園

 総統府で「二・二八事件」で銃殺された悲劇の画家、陳澄波氏の話を聞き、二二八和平公園」には、是非行っておかなければと思い 、最終日、朝食後ブラリと出かけました。公園はホテルからブラリと出かけられるくらいの距離にあります。
 
 
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国立台湾博物館
 
 
 恥ずかしながら、あたくしは
  「二・二八事件」って何?
  「二・二六事件」なら聞いたことはあるけれど・・・
                って、状態でした。
 
 
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二二八和平公園
 
 
Wikipediaで調べてみますと、
1947年2月28日に台湾の台北市で発生し、その後台湾全土に広がった、中国国民党政権(外省人(在台中国人))による長期的な民衆(当時はまだ日本国籍を有していた本省人(台湾人)と日本人)弾圧の引き金となった事件
 
1947年2月27日、台北市で闇煙草を販売していた本省人女性に対し、取締の役人が暴行を加える事件が起きた。これが発端となって、翌2月28日には本省人による市庁舎への抗議デモが行われた。しかし、憲兵隊がこれに発砲、抗争はたちまち台湾全土に広がることとなった。本省人は多くの地域で一時実権を掌握したが、国民党政府は大陸から援軍を派遣し、武力によりこれを徹底的に鎮圧した。
という説明が書かれてです。
 
 
20170804dscf1099 
二二八和平公園
 
 
 これ以上詳しく、自分の言葉でここに書けるほどの知識は私にはないので、興味のある方はご自分でお調べ下さいねwww
 
 
 冒頭で名前を出した、悲劇の画家、陳澄波氏も、日本カブレのインテリ、反国民党の危険分子として捕らえられ銃殺されました。その画家の作品が総統府に展示されており、ガイドしてくれた陳さんが、熱心に説明してくれたわけ。
 
 勉強不足のまま聞いても今ひとつピントこない。
 先にね、歴史の勉強をしておくべきですよね。
 
 この、二二八事件について詳しく知ることができる施設が、二二八和平公園の 中にあるのです
 
 それが台北二二八紀念館。当時の資料が展示され、日本語の音声ガイドもあるそうです。
 
 
20170804dscf1134 
二二八紀念館の外にはこんな展示もあって、
閉館時にも若干のお勉強ができるようになっております。
 
 
 開館は10時からで、この日は入館することができませんでした。次回台北を訪れたときには必ず訪れるつもりです。むしろ、台北はここを訪れることから始めなくちゃね。
 
 公園の中ほどには、1995年に平和のメモリアルとして建立されたというモニュメントがあります。かつての「台北新公園」という名前も「二二八和平公園」という名前に改められています
 
 
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二二八事件記念碑
 
 
 二・二八事件後、国民党政府は戒厳令を発令、それは断続的に1987年まで続きました。戒厳令が発令されている時代は二・二八事件について公に語ることが許されず、ましてや紀念館やモニュメントなどが建てられることなど想像ができなかったでしょう。もし、国民党が台湾も奪われ、中国共産党が台湾を支配していたら、二・二八事件のようなものが起こったかどうかはわかりませんが、少なくとも一党独裁の政権下で、歪んだ歴史認識を植え付けられた国になったわけですから、苦難の歴史があったとはいえ、今は「民主的」な、まずまず良い国になってよかったと言えるのではないでしょうか。 いずれにしろ、台湾が「国」として世界に正式に認められる時代が来ることを願って止みません
 
 
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二二八事件記念碑
お父さんが、息子たちに何やら熱く語っていました。
 
 
 この二二八和平公園にある二二八紀念館の他に、2011年にオープンした二二八国家記念館という施設もあるそうです。

2017年8月13日 (日)

台湾⑫ 士林夜市

九份から台北に戻った後、士林夜市を見物に出かけました。
 
 
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台北で一番規模の大きい夜市と言われていますが、前日に訪れた寧夏路夜市とは異なり、衣類や雑貨、その他一般的な商店が夜遅くまでやってます的な夜市でした。
 
 
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夜遅くまで買い物できるって意味では出かける価値はありそうです。
あたしはお金無いんで何も買いませんけど。
 
 
20170803dscf1010  
 
写真的には飲食屋台のほうが面白いかな〜
 
 
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台湾⑪ 黄昏の九份

 「九份」は「ジォウフェン 」というような発音だそうです。「十分 」は「シーフェン」日本語で「じゅうぶん」と発音したら「九份」に間違われそうですwww。
 
 
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 このあたりに金鉱が発見されたのは、今から千数百年前の清の時代日本統治時代に最盛期を迎えますが、1971年に金鉱は閉山
 
 
201708034q1a2233  
 
 衰退した過疎の村が再び脚光を浴びることになったのきかっけは、1989年、台湾で空前のヒットとなった映画『悲情城市 』のロケ地となったこと。まもなく九份ブームが起こり、その流れに乗って観光地化が推進今や台湾を代表する観光地になったというのが、ここ九份の簡単な歴史です。
 
 
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 1990年代に、歴史的建造物が見直され、衰退した町が再び脚光を浴びたケースってのは九份に限らず、日本でも結構ありますよね。1990年代は、成長が一段落して過去を振り返る「時代」だったのかもしれません国は違えど共通する何かがあるんでしょう。
 
 
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 もう有名すぎて、私などが紹介するようなことは何もありません。ひとつだけ前回も書いたことをもう一度書いておくと、「『千と千尋の神隠し』のモデルになった街では無い」ということくらいでしょうか。未だに誤情報垂れ流しているパンフレットが多いんですよね。まぁ「○○だと言われている。」って書けば嘘では無いですけれど、もうこれだけ有名になったんだから、ジブリをダシに使わなくてもいいんじゃないかと。
 
 
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 個人的には、人が沢山いるのでスナップするには良い場所とは思いますが、あるのはほとんど土産物屋さんや飲食店で、そこにいる人は世界各地からの観光客ですから、歴史や郷愁を感じることはほとんどありません
 
 
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 お土産屋や、珍しい食べ物をおもしろがるってのが、ここの楽しみ方なのかな。
 
 
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 九份の歴史をもっと深く知ったり、金鉱で栄えた当時の面影を求めようとするなら、金瓜石という集落を訪ねるべきだと思うんですね。
 
 ここはまだ観光地化も進んでおらず当時の家屋などが良く残っているんだそうです。一部は「金瓜石黄金博物園区」として整備され公開されているとのこと。行き方は瑞芳から九份に向かうバスで一番多いのが「金瓜石」のバスなんで、これで終点まで行けば良いだけです。
 
 
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九份行きのバスはたいてい金瓜石行きなのです。
 
 
 実はここも今回散策候補に入れていたんですが、流石にそこまでの時間がなかったのです。いろいろ調べると、ちょっと寄り道する程度のボリュームではなさそうなところなんですよ。猴硐の頁で紹介したパンフレットを見ると猴硐から大粗坑歩道を通って、黄金神社、黄金博物園区まで歩けるルートがあるんですよね。
 
          現在、絶賛妄想中
 
 
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 帰りは、台北までバスで。
 流石にまた瑞芳まで戻って鉄路でと言うのはしんどい。
 
 台北までのバスは途中高速道路を通るので、座席数以上には乗れません。言い換えれば座って帰れるということです。台北まで乗る人に座席数カウント用のカードを渡し、高速道路区間の乗客数を把握しているんです。我々は完全に暗くなる前にバス乗り場に並んだので、1台見送るだけで乗れましたが、後ろを見たら長蛇の列でした。
 
 混雑必至の夕暮れの九份からの帰り方に関しては、別の項で紹介した台湾情報サイトに、「逆方向で終点金瓜石まで行って乗る」とか、「基隆まで行って鉄路で帰る」とか、 いろいろな技が紹介されていますので、参考になさって下さい。
 
 
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 バスは台北行きなので台北駅まで行くんだろうと思っていたら、忠孝復興駅でなぜか全員降りてしまいます。正確には前方の人がみんな降りたので、後も人もつられて降りちゃった感じ。それにつられて我々も降りちゃったwww。
 
 で、MRTに乗ってホテルまで。
 
 ずっとバスに乗ってりゃ、そのまま着いたんだと思うけど。
            油断して思考停止してるとあかんね。
 

2017年8月12日 (土)

台湾⑩ 平渓線終点「菁桐駅」へ

 九份に向かうにはまだ早すぎるので、平渓線の終点「菁桐(チントン)」まで行ってみることにしました。
 
 
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十分駅
 
 
 瑞芳駅から十分まで、ローカル線とは思えない混雑ぶりを見せる平渓線ですが、乗客の多くは十分駅で降りるので、ここから先はほぼ全員座れます。
 
 
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 ノンビリと車窓を楽しみながら・・・と言う間もなく菁桐駅に到着。
 
 
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菁桐駅
 
 
 ここの駅舎は1929年に建てられたもので、台湾内に現存している日本式木造駅4つのうちのひとつだそうです。
 
 
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菁桐鉄道故事館
 
 
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 駅の近くにある台湾鉄道関連グッズのお店「菁桐鉄道故事館」。日本の鉄道車両の模型やグッズもちらほら。こんなお店も由緒ある有名ローカル線の終点駅らしさの演出に一役買っていると思うのは私だけでしょうか。
 
 
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むむ・・・
幸福という駅がどこかにあると思ったらそうではないようです。
幸福までは0km、要するに十分幸福ってことで。
切符のようなデザインのお土産も売っていました。
これは、あれですよ「愛国⇔幸福」の強引なパクリじゃないですか(爆)
乗りに行ったなぁ・・・広尾線@昭和時代
 
 
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 駅前の町並みに感じるのは異国情緒ではありません、
 
           間違いなく昭和ノスタルジー
 
      これも台湾の魅力のひとつなのかなと思います。
 
 
20170812_4 
ぜひ入手したい沿線パンフレット
 
 
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 竹筒に願い事を書いて吊るすと叶うとされる「許願筒」は、ここ菁桐駅が発祥の地。1960年代、菁桐駅の駅員が菁桐老街の氷屋さんの女性店員に恋して、その思いを竹筒に書いて伝えたことに由来するのだそうです。 
  
 

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 十分駅にも菁桐駅周辺にも一杯ぶら下がっておりました。
 
 
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  「じゃぁな、あばよ」と、
       ネコさんに見送られながら
          菁桐駅から再び平渓線に乗って瑞芳に戻ります。
 
 
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菁桐駅から乗った車両は対面シートではなく優等列車っぽい座席。
3両のうち1両がこれでした。
 
 
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車掌さん
暑さと混雑で必死の形相?
 
 

台湾⑨ 平渓線十分駅ーランタン飛ばしとギリギリマーケット

 台湾でも人気のローカル線のひとつ「平渓線(ピンシーシェン)」。
 
 三貂嶺駅で宜蘭線から別れ菁桐駅までの12.9 kmがその区間になります。
 
 
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 ただし三貂嶺駅を始発終着とする列車は無く、すべての列車は菁桐駅と瑞芳駅 または 八斗子駅(深澳線) の間を直通で走ります。運行間隔はほぼ1時間に1本です。
 
 
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菁桐駅にて
 
 もともとは、日本統治時代の台湾において屈指の炭田といわれた菁桐坑の開発のために台陽鉱業が敷設した専用鉄道が前身。全線が完成したのは、1923年(大正12年)だということです。
 
 
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車窓風景
 
 2013年から江ノ島電鉄と友好鉄道協定が締結されており。相手側の使用済み一日乗車券を持参すると、自線の一日乗車券が無償で貰えるというサービスが行われていました。今は、使用済み周遊券を持参すると「特典付きガイドブック」がもらえるというキャンペーンが行われているようです。
 
 
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江ノ電 2016年6月撮影
 
 
 平渓線自体は超田舎、過疎地の渓流沿いの路線で、「平渓耶馬渓」とか「台湾の保津峡」などと呼ばれるほど。だから街中を走る江ノ電とは似ても似つかないのですが、きっと十分駅付近で商店街ギリギリを走る感じ(下の写真)が、江ノ電を連想させるからなんでしょうね。やや無理矢理感があるような気はしますけれど。
 
 
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十分駅
 
 「十分(シーフェン)」はランタン飛ばしで有名な街。平渓天燈節に行われる大量のランタンが一斉に空に放たれるイベントがとくに有名ですが、ランタン飛ばしは毎日行われており、誰でも願い事を書いたランタンを誰でも飛ばすことが出来ます。
 
 
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 列車が通らないときには、こうやって線路の上でランタン飛ばし
 
 松本伊代さんと早見優さんにはぜひオススメしたい観光スポットです。
 
 
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一応、こんな表示はされていますwww
 
 
 これ、飛ばしたランタンは、どーするんでしょうかねぇ。
 
 ところどころに落ちてるのを車窓から見かけたんですけど、やたらめったら落ちていないところを見ると、専門の回収屋さんでもいるんでしょうかね。自由に飛んで行ってしまうんで、かなり大変な作業だと思いますけど。
 
 
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あらあら、これって願い事叶わないパターンのヤツっすよね。
画像で分かるとおりランタンは火がついたまま飛んでいくから危ないです。
よく、火事で問題にならないモノだと思います。
 
 
 十分駅からタクシーで、台湾のナイアガラとも言われる「十分瀑布」まで往復しました。片道100元でした。料金は乗る前に確認。瑞芳、九份など行き先によって定額が決まっているようです。
 
 タクシーとは言っても滝に横付けしてもらえるわけではなく、滝が見える展望台までは遊歩道を少し歩きます
 
 
20170803dscf0585 
遊歩道途中にある吊り橋。
平渓線の橋と並んで架かっています。
ここでしばらく待って撮りたかった・・・。
 
 
流石、観光スポットだけあって、それなりに観光客一杯。
 
 
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 十分で昼食になることを予め想定していたので、Webで候補の店をいくつかピックアップしておきました。しかし、実際にお店を見ると「汚いので嫌だ」とダメだし。ということで、改めて探して見つけたそこそこ小綺麗なお店で昼食。
 
 
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楼仔厝という民宿兼レストラン。
 
 
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台湾⑧ 猴硐猫村へ

猫がたくさんいる駅」として売り出し中?の「猴硐駅」。
 
十分、九份などの有名観光地に近く、駅そのものが観光地というお手軽さから、ここ数年、日本人の訪問客も急増している模様です。
 
 
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」を積極的に保護し、観光資源としているのは、線路を挟んで猴硐駅の反対側にある「光復里」という集落のようで、 猫情報センターが設置され、猫グッズのショップ、猫カフェなどがたくさん並んでいます。
 
 

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駅前の売店 逗猫棒www
 
 
 ここはかつて炭鉱の町として賑わっていました。今ここにいる猫たちは、当時ネズミよけのために飼っていた猫たちの子孫です。
 
 
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猫村のお約束です。
 
 
 今では、村の人や猫好きのボランティアの方々が協力して、ワクチン接種や、避妊による個体コントロールなどを行っているらしいです。
 
 
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駅に置いてあった新北市政府観光旅遊局 パンフレット
(完璧な日本語版)
是非入手すべし
 
 
改札を出るなり第一村ネコ発見!!
 
 
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逃げられて、インタビューできず。
 
 
人猫共用の観光猫橋を渡り光復里の集落へ向かいます。
 
 
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これが、人猫共用橋
両サイドにキャットウォークが設置されています。
中央に見える人だかりは、絶賛猫可愛がり中の若者達。
 
 
20170803dscf0513  
橋を外から見るとこんな感じです。
右後ろに見えるのは選炭場跡。
「廃墟ファン」の方がよだれを垂らしそうな風情です。
 
 
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猫情報センター内
ここでは何処にいても何者かの視線を感じます。
 
 
20170803dscf0532
 
 
家の壁には猫の絵、そしてあちこちに猫のモニュメント
 
 どこかしこも「猫」推しまくりです。
 
    「」「」「」「」「」「
 
 
201708034q1a1753  
トイレもネコさんのイラストで占拠されています
 
 
「猫」ブームってのは、日本だけのものではないのだなぁ
                    と改めて思います・。
 
 
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201708034q1a1746
 
時間が早かったためか、グッズのお店やカフェなどは
まだ営業していませんでした。
今度はぜひ営業時間内に・・・
 
 
201708034q1a1736
 
狭くてヒンヤリ気持ちいい。
 
 
201708034q1a1727    
 
とまぁ、ここではどうしても」に目がくらんでしまうのですが、猴硐駅周辺は、「猴硐炭鉱博物園区」として整備されており、こちらも見所が沢山
 
 
Photo
 
先に紹介した新北市政府観光旅遊局のパンフレットに記載されている
猴硐駅周辺MAP
 
 
 猫村とあわせて、一日この駅の周辺で過ごしても楽しそうです。
 
 
Photo_2
 
新北市政府観光旅遊局のパンフレットに記載されている
九份も含んだ広域マップ
 
 
 上の地図に紹介されているような大粗坑古道などを経由して、九份まで歩く(2時間くらいだそうです)というのもディープな楽しみ方かもしれません。
 
 また行きたくなってきましたwww
 

台湾⑦ 台北駅から列車に乗っていざ出発!

 今日は基本、列車の旅の予定。
 
 スタートは台北駅
 
 
20170803dsc09846
 
台北車站(タイペイシャタン)
車站は停車場、駅という意味。
 
 
 有名なローカル線平渓線に乗って十分を観光、その後九份に寄って台北に帰るという、結構ベタなスケジュールです。
 
 
Taipeimap
 
台北から平渓線、九份あたりの概略図を描いてみました。
(クリックで拡大表示します)   
 
 
 九份は前回のツアーに組み込まれていて、それなりに現地で自由時間もあり、最も良いと言われる夕暮れの時間帯も体験したので、今回敢えて寄る必要はなかったのですが、公共交通手段で訪れる手段を体験しておくのもまた一興と思って、予定に組み込みました。
 
 
20170803dsc09858  
日本以上にキッチリ並んで乗車、流石台湾人
 
 
20170803dsc09861  
通勤時間帯じゃ無くて、夜が女性専用になるみたいですね。
 
 
 平渓線にしても九份にしても、起点となる駅は瑞芳です。本当はそこまで自強(特急)で行くことを考えていたのですが、前日の時点で乗りたかった時間の列車は既に満員。なので、普通列車を利用します。8時25分発の蘇澳行き。
 
 
20170803dsc09866  
区間車は各駅停車の列車のこと。
月台はプラットフォーム。
日本のように1番線、2番線という名称でなく、
4番月台のA側とB側という呼び方をします。
一番右はたぶん"on time"という意味だと思うけど。
 
 
通勤時間帯っぽく・・・激混み。
 
 
20170803dsc09867  
 
 郊外に行くに従って通勤客は減り、行楽風情を醸し出している乗客の比率が増えてきます。
 
 折角普通列車に乗ったので、瑞芳で降りるのでは無く、次の猴硐駅まで行くことにしました。最近「猫村」として売り出し中の駅です。
 

撮影機材@台湾

今回の携行した機材は、以下の通り。
 
一眼レフ Canon EOS-5DMark3
  EF24-105mm F4L IS II USM
  TAMRON SP 70-300mm F/4-5.6 Di VC USD
 
ミラーレス FUJIFILM X-T20
  XF10-24mmF4 R OIS
  XF27mmF2.8
  XF35mmF1.4 R
 
コンデジ SONY RX100M3
 
三脚、一脚等は無しです。
 
 
20170802dsc09568  
RX100M3
 
 
 RX100M3以外はNationalGeographicのカメラザックに収納。RX100M3は首から提げるか、ウエストバックに収納します。
 
 
201708034q1a2080
 
EOS5Dmark3 EF24-105mm F4L IS II USM
 
 
 X-T20には、XF10-24mmF4を、EOS-5DM3にはEF24-105mm F4Lを装着するのが基本態勢で、どうしても望遠が必要なときには、EOS-5DM3にSP 70-300mmを装着します。
 
 
201708034q1a1984 
EOS5Dmark3 + SP 70-300mm F/4-5.6 Di VC USD
 
 
 今回、EF70-200mm F2.8Lではなくて、SP 70-300mmにしたのは、機材を出来るだけ小さくしたかったことに加え、十分での平渓線列車を望遠レンズによる圧縮効果を活かして撮りたいと思っていたからです。コレに関しては期待通りに使えたかなと思っています(上の写真)。
 
 
20170803dscf1043  
X-T20 + XF35mm F1.4R
 
 
 もちろん、RX100M3だけ持って散歩することもありますし、X-T20+XF10-24mmだけ、あるいはそれにRX100M3を加えるという態勢で挑むこともあります。
 
 
20170804dscf1075  
X-T20 + XF27mm F2.8
 
 
 ボディーが複数台になってしまうのは、出来るだけレンズの交換を避けたいとの思いからです。フイルム時代は、ウエストバックやカメラマンベストのポケットに交換レンズを収納し、一台のボディーでレンズをとっかえひっかえ撮影するということを普通にやっていました。しかし、センサーへのゴミ付着がノイズになってしまうデジカメではそれが出来ないのです。
 
 
20170803dscf0990
 
X-T20 + XF10-24mmF4 R OIS
超広角ズームをFUJIのシステムにすると残念なのがF値なんですよね。
夕暮れスナップでF2.8が使いたいってケースもやはりあるので。
でもね〜、割り切らないと荷物増えちゃうんで。
 
 
 今回は、EOS一眼レフを出動させましたが、これから修理に出す予定のX-T10を復帰させたら、XF55-200mmF3.5-4.8 R LM OISを購入し、旅の写真に関してはEOSを戦力から外すことも考えてます。なにせ、でかくて重くて邪魔なので。
 
 

2017年8月11日 (金)

台湾への旅 役立ちウェブサイト

今回の台湾への旅行計画時、

  または現地で参考にしたウェブサイトをご紹介します。

 旅行を計画されるかたは是非参考になさって下さい。

    もちろん内容については保証しませんけれど。 

 
写真は本文とは関係ありません。
  
Taiwan
 台湾交通部観光局のページ
 MRT路線図なども。
 このようなページから詳細な観光マップも入手できます。
 
 
20170802dsc09675  
 
TAIPEI navi
 情報豊富、各種観光地、施設、お店などの情報が
 事細かく載っています。
 悠々カードを含め、切符の買い方の手順なども
 写真入りで詳しく。
 
 
201708034q1a2158  
 
ぺたぺた 台湾トリップ
 台湾に頻繁に旅行されている方のブログです。
 こちらにも施設や、お店への行き方、感想などが、
 事細かく載っています。
 写真も豊富。
 
 
201708034q1a2196  
 
Travel Note (台湾)
 
 
20170803dscf1055  
 
台湾鉄道オフィシャルサイト
 
 台湾鉄道の時刻表、指定席券も含め
  乗車券の予約・購入はこちらから。
 
列車時刻表はこちらからも
 
 
201708034q1a2014  
 
台湾全土の鉄道路線図
 ひまわりデザイン研究所さんが作成された鉄道路線図が
 こちらからダウンロードできます。
 

2017年8月 9日 (水)

台湾⑥ 寧夏路夜市

 疲れたかみさんをホテルに置いてwww、寧夏路夜市(ニンシャー・イエスー)へ。場所はMRTの駅からは少し離れていて、雙連駅からも、中山駅からも徒歩約10分程。
 
 
201708024q1a1681
 
雙連駅側の入口です
 
 
20170802dscf0469
 
屋台の中央の通路は結構狭い
 
 
 食べ物屋台が350mほどの寧夏路に並びます。狭い通路は人で溢れてすれ違いも困難なほど。正直、あたしは屋台に並ぶ食べ物を見ても食欲が湧くことは無く、とりあえず雰囲気味わって写真撮るだけなんですが。
 
 
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串刺しされた生の食材が並べられており、
それをいくつか選んで焼いてもらうシステム
 
 
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この茶色いのがどうもね
 
 
20170802dscf0456
 
 
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ぬぬ、たこ焼きやん
 
 
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蛋黄芋餅と香酥芋丸のお店
美味しいらしいです
 
 
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ゲーム屋台。パチンコみたいなものの。
 
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雙連駅まで続く商店街にはこんなお店も・・・
 
 

2017年8月 8日 (火)

台湾⑤ 台北101

 2004年に竣工した台北101地上101階建てで、高さは509.2m。2007年にドバイのブルジュ・ハリーファに抜かれるまで完成建築物としては世界一の高さを誇った建物です。
 
 
20170802dsc09779 
 
  天気が悪くて展望が悪いのは承知で、89階の観景台(382m)まで上がることにしました。入場料は600元
 
 
20170809101  
チッケトって書いてありますが・・・ 
 
 
 悪天だったことに加え平日だったこともあるのかもしれませんが、高層ビル展望台にありがちな、チケット行列やエレベーター待ちはほぼ無しでした。
 
 
20170802dsc09770 
 
 残念ながら91階(390m)の屋外展望台は悪天候のため閉鎖中。天候は回復の兆しを見せていたため、もう少し待てば開放されていたかもしれません。ちと残念。
 
 
20170802dsc09783 
台北101を風圧から守る660トンチューンドマスダンパー
 
 
 風揺れを軽減するための巨大なダンパーを見ながら下りのエレベーター方面に向かいますと、見えてきたのは珊瑚細工の展示、精巧な珊瑚細工には目を見張るモノがあります。
 
 
20170802dsc09785 
 
 で、その先に、ドッカーンと珊瑚と宝石の土産物屋が広がっておりました。最近は中国との関係が冷え込んでおり大陸からの観光客が激減しているとか、この手の高級土産物屋は売り上げ相当に減っているんだろうなぁ〜と、余計な心配をしてしまいます。かといって売り上げに貢献するのは無理!!
 
 
20170802dsc09787
 
 
 101の低層階には有名ブランドショップが集結。
 
 
20170802dsc09800 
 
フードコート、レストランも充実。
 
 
20170802dsc09813
 
ちょうど夕食時にだったこともあり
ここの鼎泰豊はめちゃ混みでした。
ここは団体客が多く避けた方がいいという情報がどこかのサイトに書いてありました。
 
 
 雨も上がったようなので、外から「101」を見てみようと・・・ 
 
 
201708024q1a1658 
 
メッチャ晴れてるし。
もうちょっと上にいれば良かったかなぁ・・・。
 

台北④ 鼎泰豊本店で小籠包を

 鼎泰豊(ディンタイフォン)で小籠包が食べたい・・・のだそうであります。
 アタシは、その手のことに疎いので、よく知らないのでありますが、小籠包で有名なお店なんだそうで。日本にも出店していますな。
 
 
20170802dsc09701  
 
 鼎泰豊は台北が発祥の地で、現在では市内に六店舗あります(たぶん) 。本店はは、MRTで台北駅から3駅目「東門駅」から直ぐ
 
 
20170802dsc09736  
 
 Web情報で、午後2時を過ぎると一旦混雑が収まると書いてあったので、それを信じて出かけました。午後からスコールのような大雨。それもあってか、待ち時間0で、2Fに案内され着席周りの席は日本人ばかりでした。
 
 
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日本語併記のメニューもあるし、もちろん日本語普通に通じるし、もちろん美味しいし、そりゃ人気も出るわな〜って感じ。
 
 
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 食事が終わっても雨は止まず、周辺散策が出来ず残念 。
 
 

2017年8月 7日 (月)

台湾③ 西門町から総統府へ

 龍山寺近辺を離れ西門町へ。 「“台北の原宿”、“台北の渋谷”と言われており、若者の情報発信基地となっている。」 とどこかに書かれていましたが、どんなところか見ておきましょうと思ったのです。
 
 
201708024q1a1649  
 
 今は劇場やカフェ、お土産店などが入った複合施設になっている西門紅樓 (シーメンホンロウ)という日本統治時代のレンガ造りの建物が有名なので、とりあえずそこを目指しましたが、工事中で足場に囲まれていました。残念。
 
 
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西門紅樓
 
 
 "台北の原宿"の写真も撮りたかったのですが、目的地も決めずに歩くと、タダでさえ歩くのが苦手なかみさんに怒られそうなので、それは諦めて総統府の建物を目指します。よく写真で見るのとは反対側らしき場所に到着。どうやらここで見学者の受付をしている様子
 
  「見学出来ますか?」とかみさん、
  「出来ます。」
  「えっ? 入るのかい!!」
 
 どうやら平日の午前9時から12時までは無料で内部見学ができるようです。アタシは内部を見学するのは想定外でした。とりあえずセキュリティーチェック
 
 
1_2
 
見学の際に頂いたパンフレット(クリックで拡大表示します)
 
 
2
 
裏面に書かれた常設展示の解説(クリックで拡大表示します)
 
 
 日本語が話せる解説員、陳さんに案内して頂いて内部を見学。陳さんは御年86歳とのこと、初めて日本に行ったのは昭和16年だったかなと話されていました(記憶曖昧)。典型的な本省人の方なのだと思われます。
 
 
 総統府は赤レンガと白い花崗岩で造られたルネッサンス様式の風格ある建造物で、もとは日本統治時代の1919年に台湾総督府として建てられたものです。そろそろ築100年ということですね。日本の方角に向かって建っており、上空から見ると「日」の字の構造になっているとのこと。日本銀行本店が上から見ると「円」の字に見えるのと同じ発想でしょうか。総督府の設計者は、日本銀行本店旧館の設計者辰野金吾の弟子の長野宇平治です。
 
 
20170802dsc09579
 
 
 日本人向けに話しているということもあって、少し割り引いて話を聞かなければならないのでしょうが、台湾は民主主義の国になってよかったということを何度も話されていました。あと、李 登輝氏を、初めての台湾人の総統と表現されていたのが印象的でした。外省人を台湾人としては認めていないのでしょうね。
 
 
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中華民国初代総統 蒋介石の机だそうです。
 
 
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 「二・二八事件」で銃殺され悲劇の画家として知られる陳澄波」氏の作品と解説の展示が二部屋を使ってされてました。陳さんの説明にも熱が入ります。
 
 
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陳澄波氏に関する展示
 
 
 「二・二八事件」は1947年に起こっており、今年、2017年は70周年に当たります。70周年だからなのか、総統が民主進歩党の蔡英文さんになったからなのか分かりませんが、陳澄波氏関連の展示はかなり力の入っているなと感じました。
 
 
20170802dsc09607
 
総統の執務室は3階にあるのだそうです。
 
 
 就任当初は絶大な支持率だった蔡英文さんですが、ここのところ支持率は低迷しているようです。経済も外交も中途半端ということなんでしょう。難しいのだろうと思いますよ、この国の舵取りは。
 
 
Dsc09625 
最後に蔡英文総統と記念写真
 
 
 総統府は、月に一度(主に第二日曜)「全館開放日」が設けられており、その日は自由見学が可能で、通常の見学コースでは立ち入り禁止となっている区域も一部見学可能となるそうです。
 
 
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 あっ、そういえば総統府を正面から見てないわ〜
 

台湾② 龍山寺界隈を歩いてみました

 ホテルは台北駅の近くの天成大飯店にしました。列車の旅を意識しての選定でしたが、市内中心部でMRT(地下鉄)の駅が近くにさえあれば、場所はどこでも利便性はさほど変わらないかなという印象です。
 
 
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ホテル近辺の町並み
 
 
 本日午前中は台北駅近辺を散策し、午後に永康街にある鼎泰豊本店で食事、その後台北101という作戦。 
 
 まずは台北駅からMRT板南線で2駅、龍山寺まで。
 
 おっとその前に、買っておくものがありました。
 それが、悠々カード
 
 鉄道系のプリペイドカードで、要するに台北のSuicaです。
 絶対買ったほうが良いと、どの情報見ても書いてあります。
 
 
Photo
 
 
 南部の高尾では別のカードがあるようですが、SuicaとICOCAほどは相互利用が進んでないらしく、両方使えるところもあれば、どちらかしか使えないところもあるらしいです。ということで、台北ならとりあえず悠々カード
 
 カードは100元。これは純粋にカード代ということで返ってきません。その代わりMRTが2割引きになります。ただMRTは運賃が安いので、元が取れる500元分乗ろうと思うと、かなり乗り倒さなければなりません。
 
 悠々カードは、MRTだけでなくバスや台鉄でも利用可能コンビニなどでも使えます。元が取れなくても、料金確認したり、扱い慣れない小銭を探したりする手間を考えると、悠々カードを使った方が便利だと思います。乗ってから降りる駅を考えることだって出来ますしね。
 
 
20170802dsc09693  
 
 悠々カードが買える自販機があるらしいのですが、どれだか分からなかったので、アタシはインフォメーションで買いました。チャージはされていないので、購入してから券売機等でチャージします。コンビニでもチャージ可能です。
 
 
201708024q1a1664
 
MRTでの注意点をひとつ
飲食禁止です。
台鉄では駅弁なども売っていて、飲食は問題ないようですがMRTはNG。
罰金7,500元と高額なので、ご注意を。
でも関西弁のおばちゃん、なんか食べてましたが・・・
罰金請求されても、関西弁でまくし立てて逃げてしまいそうな雰囲気もwww
 
 
20170802dscf0261 
MRT 龍山寺駅
 
 
 「龍山寺(ロンシャンスー)」は台北最強のパワースポットなんて書かれているところです。もっともその手の感受性が0の私には何も分かりませんけど。
 
 
20170802dscf0279 
龍山寺
 
 
 早朝や、夕方も良いと書いてありましたが、9時過ぎという中途半端な時間。それでも結構混雑していました。
 
 
201708024q1a1572  
龍山寺
 
 
 龍山寺を出て、200年前の町並みが残る歴史保存地区剥皮寮(ボーピーリャウ)」を歩きました。休館日だったのか、建物の中には入れそうもなかったので、通りを歩いただけ。ブログなんかを当たってみると、日本統治時代のものも含む、昔の資料がいろいろと展示してあるようです。その他、前衛芸術作品みたいなものの展示もされているようでした。もしも機会があったら、建物の中に入れるときにもう一度行ってみたいところです。
 
 
20170802dscf0330 
 
20170802dscf0328
 
剥皮寮
 
20170802dscf0331  
なんじゃいな?
 
 
 さて、「剥皮寮」を出て、下町風情が濃厚な三水街・・・なんて、まるで計画していたように書いていますが、適当に歩いていたら突入しただけでして、ここが大正期から続く伝統ある市場で、台北市の古跡に指定されているなんてことは後で知ったことです。
 
 
20170802dscf0347  
 
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20170802dscf0355 
三水街
 
 

台湾① 3泊4日で台北へ

 夏休みを利用して、3泊4日で台北へ行ってきました。台湾に初めて訪れたのは3年前。そのときは台北から台中、高雄、花蓮、そして再び台北と、台湾島をほぼ一周するツアーへの参加でした。今回はツアーは無し。かみさん連れなので、全くの自由というわけではありませんが、行き当たりバッタリ要素も入れた、適当散歩です。

 一応、1日は台北市内を散歩。かみさんから絶対行けと命令されている「鼎泰豊」、前回観ることが出来なかった台北101を予定に入れました。

 

201708024q1a1659

台北101
 

もう1日は、列車に乗っての小旅行。ローカル線の平渓線に乗って、ランタン飛ばしで有名な十分、そして最近売り出し中の猴硐猫村を訪問し、夕方は二回目の九份に寄るというスケジュールです。

 

201708034q1a1724

猴硐車站
 

 行き当たりバッタリの私にしては結構計画が綿密ですが、2日間と短期間ですし、流石にあまりにつまらない結果になるとかみさんからの抗議が怖いので、このくらいは予定しておかないとヤバイのです。

 出発は静岡空港。前回もここから。本当は東京から飛んだ方が圧倒的に安いのですが、「楽」という理由だけで静岡空港を選んでいます。ここは機内預け入れ荷物のX線検査をまず行って、そのあとチェックインカウンターに荷物を預けるという、他に空港ではお目にかかったことがないシステム(もしかしたら小さな空港では普通なのかもですが)。客は少ないのになぜか結構時間がかかるのよね、なんでなんだか。
 
 
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静岡空港

 航空会社はChina Airline。JALとのコードシェア便ではありますが、乗客はほとんど台湾人で、ボーイング737-800はほぼ満席。富裕人生というタグをスーツケースにつけた団体客が多かったです。羨ましいですね〜富裕人生。こっちは浮遊人生が関の山です。

 

20170801dsc09562

桃園空港

 台湾の正式名称は「中華民国」。多くの国は見た目この国と普通に交流しているように見えますが、公式には国家として承認していない国がほとんど。していないというか出来ないと言ったほうがいいのかな。日本もしかりで「中華民国」とは呼べないから「台湾」という地域名で呼んでるわけだよね。

 日本でたとえると、例えば明治維新のときに江戸幕府が大政奉還せずに北海道で頑張っちゃっていて、北海道だけ徳川家が統治している状態でまだ残ってる・・・みたいな、そんな状態でしょうかね。もっとも台湾の場合、その前は他民族である日本に統治されていたので、事情はもっと複雑ですけど。 

  それでも、日本人であればVISA無し入国が可能、パスポートには「中華民国」のスタンプが捺されます。もちろん「中華民国」のパスポート(緑色のやつ、中華人民共和国のは赤)も、日本で普通に通用します。

 んじゃ、中国人が台湾行く場合、はどういう手続きなんだべと思って調べてみましたら、大陸居民往来台湾通行証という名前のパスポートに代わるものが使われるんだそうですね。香港やマカオと似たようなシステム。さらに中国本土の公安部門が発行する台湾への旅行ビザと、台湾の内政部入出国及移民署が発行する中華民国台湾地区入出境許可証とよばれる証明が居るんだそうです。この台湾地区入出境許可証で大陸人の入国人数を制限しているわけ。他国の人が台湾に行くより遙かに面倒です。

 

20170802dsc09572

ホテルの直ぐ側にセブンイレブン。
入って直ぐおでんのテーブル。
この暑いのに(@_@)
 

 静岡発が19時40分、桃園空港着が22時頃で、台北市内までバスで30〜40分かかってホテル着は深夜となり、もう夜市に出かけられないような時間です。なので散歩は2日目から。

 

2017年8月 1日 (火)

武田流築城術を駆使した壮大な山城「諏訪原城」を訪ねる

先日初めて諏訪原城を訪れました。
 
Dsc09367
 
 
 諏訪原城は牧之原台地上に武田氏によって築かれた城です。
 普請奉行は馬場信春(信房)。
 
 
20170728dsc09370
 
大手門跡前に比較的広い駐車場あり。
パンフレットも常備。
 
20170728dsc09371  
引き出しの中にはスタンプが
 
 
 城の東側は絶壁、その下には大井川が流れるという天然の要塞。平坦な地形が広がる西側には幾重にも堀を巡らし、武田流築城術の特徴とも言われる丸馬出なども備えた、実戦向きの城となっております。
 
 
20170728dsc09376  
大手門跡から、城内へ入っていきます。
このあたりは武家屋敷跡だったということです。
茶畑の中に今福浄閑斎戦死墓塚があります。
 
 
20170728dsc09392  
武田流築城術の特徴と言われている二の曲輪中馬出(三日月堀)の遺構
徳川氏によって改修されていることがわかってきたようです。
 
 
なかなか良い城趾と聞いてはいたのですが、想像以上でした。
堀・曲輪・馬出の遺構が実に良く残されています
丸馬出の三日月堀などは迫力満点
思わず戦争ごっこしたくなる城趾です。
 
 
20170728dsc09408  
二の曲輪北馬出の門(復元)。
 
じゃまかい?
いえいえ、そのままで結構ですよ。
NHKが撮影に来るっつうもんで、草刈りをしてるんだよ。傾斜が急で大変だわ。
 
お昼休み中の一コマ。
 
 
20170728dsc09399  
草刈りお疲れ様です。
 
 
 城趾は現在絶賛整備中のようで、二の曲輪北馬出の門が復元されていました。発掘調査で確認された門の礎石から復元したとのことですが、あまりやり過ぎないようにしたほうが良いとは思います。いずれにしろ、これからますます人気が出そうな城趾です。
 
 
Suwahara_4
 
諏訪原城の位置を確認、カシミール3D使って確認。
こうやって見ると牧ノ原台地って万里の長城みたい。
諏訪原城はその上に造られています。
地図はクリックで拡大します。
 
 
武田氏 vs 徳川氏  駿河・遠江攻防の約9年をざっと復習
 
 1573年4月 武田信玄没
 1573年8月 徳川氏、長篠城を攻略し奪取
 1573年 武田氏、諏訪原城築城
 1574年5月 武田氏、高天神城を落とす
 1575年5月 長篠の戦いで織田・徳川連合が武田氏に勝利
 1575年8月 徳川氏、諏訪原城を攻略し奪取
      城主今福浄閑斎が討死、残兵田中城に逃亡
      家康は諏訪原城を牧野城と改名
 1580年 徳川氏 高天神城攻撃開始
 1581年3月 高天神城落城
 1582年3月 田中城開城
   田中城というのはなかなか名城だったようで、最後まで抵抗しているんですね。
   遺構はほとんど残っていないようですが、是非訪ねてみたいです。
   このページが詳しいです。
 1582年3月 武田氏滅亡
 
 
20170728dsc09413  
二の曲輪
古い看板は二の丸、本丸という表記になっていますが、
「○○丸」というのは安土桃山以降の城郭に使われた呼称のため
それ以前に廃城となった諏訪原城では
「曲輪(あるいは郭とも書く)」ってのが正式名称らしいです。
 
 
 諏訪原城は、1582年(天正10年)3月、武田氏が滅亡すると存在意義が薄れ、1590年(天正18年)に廃城となっています。 
 
 
201707284q1a1398  
本丸を囲む内堀跡
ここは自然の地形が利用されています。
 
 
201707284q1a1404  
本曲輪跡
 
20170728dsc09424  
本丸から金谷方面を望む。
東海道線も見えます。
 
 
高天神城も、諏訪原城も続日本100名城(146番)に選定されています。
百名山みたいwww
 
 
20170728dsc09421  
本丸から金谷市街への近道www
 
 
201707284q1a1411_2
 
諏訪神社
 
 
 大手門跡は旧東海道に面しています。JR金谷駅から旧東海道経由で大手門跡までGoogle様によると徒歩で21分程。途中、観光地として整備されている金谷坂の石畳があり、ぶらっと歩くのに良いコースだと思います。城の近辺には、歴女のオフ会のベースとなっていそうなシックなcafeが2店(たぶん)。
 
 
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