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2018年1月28日 (日)

羽鮒山にGX617見参!!

夕方、良い色になりそうだったので羽鮒山展望台

羽鮒山展望台は富士宮市街を眼下に富士山を展望できる名所で、辺鄙なところにはありますが、そこそこ立派な展望台が設えてあります。
 
 

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珍しく先客、静岡市から来られたというベテラン風の方。

相撲中継をラジオから流しながら撮影中。
ちょうど栃ノ心が優勝を決めたところでした。

デジイチはにはNikonD700と書かれたストラップがくっついていたので、
たぶんそうだなと思ったんですが(でもレンズはズイコーっぽかった)、

もう一台見慣れないフイルムカメラが・・・

カメラ、なんですか?
          と尋ねると、

なんとFUJIFILMのブローニー・パノラマカメラ

     「GX617

 これ、結構レアものですわ。

あたくし実戦投入されているのを初めて見ました

自分以外に使っている人をかつて1回だけ見た」とは本人談。

「で、でしょうね・・・(^^;;」

レンズは大判用をアダプターを介して装着してありました。
 だから一見してGX617だってことが分からなかったんです。

明るいうちに一回シャッターを切り、
  暗くなったら街灯りを多重露光で重ねるとのこと。

 
やがて日が暮れて街灯りが灯り出し始めました。
 

Fujinomiya City in the evening

画像をクリックするとFlickrに飛んで大きな画像を見ることができます。

意外と暗いね、静岡とは違うね〜

そりゃ違いますよ、
  富士宮に商店街、ビル街なんてないですから、
   手前に見えているのはほとんど民家ですから!!
      明るいのはイオンしかないですから!!!!

 ちょっと言い過ぎか・・・(^^;;

ちなみに、ここからだとイオンは見えず。
 中央右側の一番明るい部分は、花の湯近辺となります。
   逆サイドの一番明るいところはヤマダ電機付近です。 

「アレは何処ですか?」などと
 件のベテランカメラマンに訊かれたのですが、
  この展望台から何が見えるかあまり気にしたことはなく、
        ちゃんと答えられませんでした。

 申し訳ない・・・って、ここで謝ってもしかたないか!!

2018年1月26日 (金)

東海道間宿「岩淵」と「小休本陣 常盤家」

ずっと気になっていた、旧東海道の間宿岩淵にある「小休本陣 常盤家住宅主屋」を見学してきました。
 

Scan810

ウェブ上にあまり情報が無いので、パンフレットをスキャンして載せてしまいました・・・著作権上ちょっとあれですが、もともとタダのモノですし、皆さんに見てもらってなんぼのモノかとも思いましたので、無断拝借。
 

ときどきパンフレットを見かけるので、「ああ、あのアタリにあるのだなぁ」と思ってはいたのですが、現地に案内看板らしきものを見かけたことがなく、駐車場もないので、これまでずっと訪れぬままにいたのです。
 

Scan811

 
「間宿岩淵」は富士川西岸、宿場で言うと「吉原」と「蒲原」の間にあります。間宿なので正式な宿場ではありませんが、岩淵は富士川渡船や舟運の重要拠点だたっため、宿駅と同じような街並みが作られたそうです。

 富士川の渡船場跡は、道の駅富士川楽座の目の前にあります。岩淵の街はもともと富士川沿いにあったのですが、度重なる洪水で被害が続き、宝永元年(1704年)の水害をきっかけに、東海道が高台に付け替えられたのに伴い、街並みも移転しました。  

Photo

岩淵周辺
東海道が川沿いの平地から
一段高いところを通っているのがよくわかります。


 由比と同じように、岩淵あたりでも旧東海道は旧国1沿いを通っていたんだろうなと、これまでぼんやり思っていたのですが、実はそうではなく、富士川東岸から蒲原にかけて、結構山側を通っていたのですね。
 

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常盤家

 駐車場は富士川民俗資料館の駐車場をご利用下さいとパンフレットには書かれていましたが、工事中だったので、富士川まちづくりセンターの駐車場を利用させてもらいました。そこから常盤家までは徒歩10分です。JR富士川駅から徒歩20分。東名富士川SAの駐車場からも20分弱というところ。

 土日祝のみ公開で、料金は無料。
 ボランティアの方に声をかければ案内してくれます。

 常盤家は、東海道が付け替えられる前から既に「小休本陣」を勤めていたようで、東海道の付け替えに伴い、今の場所に住宅が建てられました。しかし、嘉永7年(1854)の安政東海大地震で全壊してしまったため、その後建て替えられた建物が現存する建物だということです。柱などには一部、もとの部材が使われているのだとか。
 

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整然とした間取りの立派な建物です。

上の写真で奥に見えている一段高くなった部屋が上段の間で、お殿様やお公家様が休まれた部屋です。「小休本陣」なので宿泊することはなく、あくまで休憩のためのものだそうです。

 

Scan812

 
ところで、この住宅、女優の常盤貴子さんのお父様のご実家なのだそうです。おばあちゃんがずっと住んでいたんだよ、とボランティアの方が話されてました。

 
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2018年1月21日 (日)

富士山世界遺産センター 内部初訪問

遅ればせながら、昨年暮れにオープンした静岡県富士山世界遺産センターの中に入ってきました。
 
外側はオープン前も含め数回撮影しております。
 
 
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お正月バージョンの赤いライトアップ
 
 
逆さ富士を水面に映すという逆さ逆さ富士が印象的な、とてもインスタ映えする造りです。
 
入り口入って正面にチケット売り場があります。
300円/人
 
cafeとギフトショップ、あと、富士山ライブラリーと名付けられた図書館のような部屋は、チケットがなくても入れます。
 
富士山ライブラリーには、富士山関連の写真集とか書籍がずらりと並んでいます。なかなかのラインナップですが、田代先生の本が一冊もなかったような・・・ざっと見ただけなので、見つけられなかっただけかもしれません。まだ書庫はガラガラなので、これからさらに増やしていくのでしょう。
 
 
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らせん状のスロープを、映像を見ながら登り、富士登山の疑似体験できるというのが、この建物の大きな特徴になっています。画像はかなり大きいので解像度的にはちょっとアレなのですけど、アイデアとしてはGoodだと思います。喜んでおられる方、多かったです。タイムラプスのような、今流行の魅せ方もふんだんに取り入れられています。
 
 
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お勧めルートは、まずスロープを最上階まで上がり、登山の疑似体験と展望を楽しんだ後、下りながら各階の展示を見るということらしいです。
 
 
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展望ホール
 
 
世界遺産富士山。UNESCOの世界遺産リストに登録された正式な名称は「富士山-信仰の対象と芸術の源泉(Fujisan, sacred place and source of artistic inspiration)」なんですよね。
 
このセンターが「信仰の対象と芸術の源泉」としての富士山を強くアピールする展示になっているかというと、いささか???と言わざるを得ない。信仰と芸術に関する展示説明は、来館者がモニターの前に立ち、セレクト操作をして、見なくちゃいけないんですよ。明確な自分の意思による行動が必要なのよね。それらが自然に情報として入ってくるような工夫は無い
 
やっぱり自然景観とか、富士山の成り立ちに関する展示がビジュアル的にも派手で目立ってしまうんですよね〜。当たり前ちゃぁ、当たり前なんですが。
 
 
20180120dsc09416
 
ここは「育む山」と題した展示スペースで
「高山帯から駿河湾までの生態系を紹介する」となっているのですが、
片側の壁が空いていて、
なんとなく未完成感が漂ってます
 
 
 山梨の世界遺産センターの方が、信仰、信仰登山、芸術に重点を置いた展示になっていたような気がします。山梨側は、「富士講」がコンテンツとして強いので、これをメインに据えやすいということがあるのかもしれません。
 
 逆に静岡側は「修験の山としての富士山が推せるはずなんですが、行政との関係があまりよろしくない部分もあるのか、ちょっと弱いんですよね〜。経緯はどうあれ、せっかく文化遺産ということになっているので、もう少しそこらあたりにスポットが当たるようになればと思います。
 
 
20180120dsc09458  
なぜか富士山可視マップの展示が・・・
 
 
 静岡 vs 山梨、あくまで世界文化遺産のセンターとしてですけど、外観は静岡の勝ち内部の展示は山梨の勝ちということで、仲良く引き分けかな。。
 

2018年1月16日 (火)

「三保の松原」を世界遺産構成資産にねじ込んだ理由

久能山東照宮からの帰りに三保の松原に寄りました。
 
 
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世界遺産は重機で改造中。
 
消波ブロックをL型突堤に置き換える工事です。
 
正月特番のブラタモリでは、有度山中腹辺りから富士山を見ると、手前に位置する三保半島(平安時代以前は島)が、浄土庭園の中島にあたり、だからこれが富士山信仰に欠かせないものなのだという説明がありました。
 
これまでみた解説では、「富士山の曼荼羅や、浮世絵などに、富士山とセットで描かれているから」というような理由しか書かれておらず、なぜ一度はイコモスに外された三保の松原を、無理矢理構成資産にねじ込んだ理由がわからなかったんですよね。
 
ブラタモリでの説明を聞いて、ようやく合点がいったのです。
 
なぜ、どこにもそういう解説がないんでしょうかね。
「定説ではない」ということなのでしょうか。
 

2018年1月15日 (月)

久能山東照宮

久々に久能山東照宮へ。
 
 
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東照宮本殿
 
 
昨年突然始めた御朱印の旅が7月の井伊谷宮を最後に途絶えておりました。
近場で、かつ有名どころとして残っていたのが久能山東照宮。
 
家康が死去した後、埋葬された地がこの久能山
 
生前から指定されていた場所で、亡くなったその日に移送されたそうです。
1年後に御霊は久能山から日光に移されます。
 
東照宮の主祭神はもちろん東照大権現=徳川家康でございます。
 
Photo  
 
久々に御朱印帳を持って出陣。
 
日本平からロープウェーでも行けますが、表から、久能から階段で参拝します。
 
 
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初詣の混雑も一段落したのか、渋滞もなく「お土産を買えば無料」というよくある駐車場に車を入れられました。今の時期だけに「イチゴでも買って帰ればいいか」ということで。
 
 
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イチゴのシーズンでも、それほど混雑するものでもないのですね。
 
参拝客は子供連れの家族、それと意外と若者のグループが目につきます。
 
 
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とてもガンバリ屋の子がいました。
 
なかなかのスピードで登っていきます。
 
何度も何度も転んでは這い上がり・・・1159段!!
 
 
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こんなことして登っている若者のグループがいくつか。
 
「最初はグー、じゃんけんぽん」
「チヨコレート」
って、現存してるんですね。
 
ちょっと驚きました。
 
ちなみに、wikipediaによると、1933年2月16日の「大阪朝日新聞」のグリコの広告に「東京でハヤるジャンケンのよび方」として「グリコ」「チヨコレート」「パイナツプル」が掲載されているとのこと。
 
グリコの創業は1929年、ともに100年生き残れそうな予感 。
 
 
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一の門越しの駿河湾
 
 
徳川氏がこの地を手に入れる前、ここは武田氏の城でした。
 
まぁ、どう見たってこの構造は城にしか見えませんわね。
 
「一の門」が大手門、社殿のある場所がが本丸だったそうです。↓
 
 
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久能山からは、東は伊豆半島、西は御前崎まで駿河湾の大展望が得られます。
 
北条水軍の動きを察知するための城だったようです。
   
 
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楼門
 
 
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唐門
 
 
唐門、御社殿周囲の玉垣に施された彫刻が見事です。
 
 
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唐門の彫刻
 
 
宮内の一番奥に、家康が埋葬された「神廟」があります。当初は小さなほこらでしたが、三代将軍・家光の命令により、この高さ5・5メートルの石塔が建てられたそうです。
 
 
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神廟
 
 
石塔は遺命に従い、西を向いて建てられています。死してなお、まだ豊臣の残党が残っていた西方に、この久能の山城から睨みをきかせていたということでしょうか。
 

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