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2017年8月16日 (水)

台湾⑬ 二二八事件と二二八和平公園

 総統府で「二・二八事件」で銃殺された悲劇の画家、陳澄波氏の話を聞き、二二八和平公園」には、是非行っておかなければと思い 、最終日、朝食後ブラリと出かけました。公園はホテルからブラリと出かけられるくらいの距離にあります。
 
 
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国立台湾博物館
 
 
 恥ずかしながら、あたくしは
  「二・二八事件」って何?
  「二・二六事件」なら聞いたことはあるけれど・・・
                って、状態でした。
 
 
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二二八和平公園
 
 
Wikipediaで調べてみますと、
1947年2月28日に台湾の台北市で発生し、その後台湾全土に広がった、中国国民党政権(外省人(在台中国人))による長期的な民衆(当時はまだ日本国籍を有していた本省人(台湾人)と日本人)弾圧の引き金となった事件
 
1947年2月27日、台北市で闇煙草を販売していた本省人女性に対し、取締の役人が暴行を加える事件が起きた。これが発端となって、翌2月28日には本省人による市庁舎への抗議デモが行われた。しかし、憲兵隊がこれに発砲、抗争はたちまち台湾全土に広がることとなった。本省人は多くの地域で一時実権を掌握したが、国民党政府は大陸から援軍を派遣し、武力によりこれを徹底的に鎮圧した。
という説明が書かれてです。
 
 
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二二八和平公園
 
 
 これ以上詳しく、自分の言葉でここに書けるほどの知識は私にはないので、興味のある方はご自分でお調べ下さいねwww
 
 
 冒頭で名前を出した、悲劇の画家、陳澄波氏も、日本カブレのインテリ、反国民党の危険分子として捕らえられ銃殺されました。その画家の作品が総統府に展示されており、ガイドしてくれた陳さんが、熱心に説明してくれたわけ。
 
 勉強不足のまま聞いても今ひとつピントこない。
 先にね、歴史の勉強をしておくべきですよね。
 
 この、二二八事件について詳しく知ることができる施設が、二二八和平公園の 中にあるのです
 
 それが台北二二八紀念館。当時の資料が展示され、日本語の音声ガイドもあるそうです。
 
 
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二二八紀念館の外にはこんな展示もあって、
閉館時にも若干のお勉強ができるようになっております。
 
 
 開館は10時からで、この日は入館することができませんでした。次回台北を訪れたときには必ず訪れるつもりです。むしろ、台北はここを訪れることから始めなくちゃね。
 
 公園の中ほどには、1995年に平和のメモリアルとして建立されたというモニュメントがあります。かつての「台北新公園」という名前も「二二八和平公園」という名前に改められています
 
 
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二二八事件記念碑
 
 
 二・二八事件後、国民党政府は戒厳令を発令、それは断続的に1987年まで続きました。戒厳令が発令されている時代は二・二八事件について公に語ることが許されず、ましてや紀念館やモニュメントなどが建てられることなど想像ができなかったでしょう。もし、国民党が台湾も奪われ、中国共産党が台湾を支配していたら、二・二八事件のようなものが起こったかどうかはわかりませんが、少なくとも一党独裁の政権下で、歪んだ歴史認識を植え付けられた国になったわけですから、苦難の歴史があったとはいえ、今は「民主的」な、まずまず良い国になってよかったと言えるのではないでしょうか。 いずれにしろ、台湾が「国」として世界に正式に認められる時代が来ることを願って止みません
 
 
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二二八事件記念碑
お父さんが、息子たちに何やら熱く語っていました。
 
 
 この二二八和平公園にある二二八紀念館の他に、2011年にオープンした二二八国家記念館という施設もあるそうです。

2017年8月13日 (日)

台湾⑫ 士林夜市

九份から台北に戻った後、士林夜市を見物に出かけました。
 
 
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台北で一番規模の大きい夜市と言われていますが、前日に訪れた寧夏路夜市とは異なり、衣類や雑貨、その他一般的な商店が夜遅くまでやってます的な夜市でした。
 
 
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夜遅くまで買い物できるって意味では出かける価値はありそうです。
あたしはお金無いんで何も買いませんけど。
 
 
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写真的には飲食屋台のほうが面白いかな〜
 
 
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台湾⑪ 黄昏の九份

 「九份」は「ジォウフェン 」というような発音だそうです。「十分 」は「シーフェン」日本語で「じゅうぶん」と発音したら「九份」に間違われそうですwww。
 
 
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 このあたりに金鉱が発見されたのは、今から千数百年前の清の時代日本統治時代に最盛期を迎えますが、1971年に金鉱は閉山
 
 
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 衰退した過疎の村が再び脚光を浴びることになったのきかっけは、1989年、台湾で空前のヒットとなった映画『悲情城市 』のロケ地となったこと。まもなく九份ブームが起こり、その流れに乗って観光地化が推進今や台湾を代表する観光地になったというのが、ここ九份の簡単な歴史です。
 
 
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 1990年代に、歴史的建造物が見直され、衰退した町が再び脚光を浴びたケースってのは九份に限らず、日本でも結構ありますよね。1990年代は、成長が一段落して過去を振り返る「時代」だったのかもしれません国は違えど共通する何かがあるんでしょう。
 
 
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 もう有名すぎて、私などが紹介するようなことは何もありません。ひとつだけ前回も書いたことをもう一度書いておくと、「『千と千尋の神隠し』のモデルになった街では無い」ということくらいでしょうか。未だに誤情報垂れ流しているパンフレットが多いんですよね。まぁ「○○だと言われている。」って書けば嘘では無いですけれど、もうこれだけ有名になったんだから、ジブリをダシに使わなくてもいいんじゃないかと。
 
 
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 個人的には、人が沢山いるのでスナップするには良い場所とは思いますが、あるのはほとんど土産物屋さんや飲食店で、そこにいる人は世界各地からの観光客ですから、歴史や郷愁を感じることはほとんどありません
 
 
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 お土産屋や、珍しい食べ物をおもしろがるってのが、ここの楽しみ方なのかな。
 
 
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 九份の歴史をもっと深く知ったり、金鉱で栄えた当時の面影を求めようとするなら、金瓜石という集落を訪ねるべきだと思うんですね。
 
 ここはまだ観光地化も進んでおらず当時の家屋などが良く残っているんだそうです。一部は「金瓜石黄金博物園区」として整備され公開されているとのこと。行き方は瑞芳から九份に向かうバスで一番多いのが「金瓜石」のバスなんで、これで終点まで行けば良いだけです。
 
 
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九份行きのバスはたいてい金瓜石行きなのです。
 
 
 実はここも今回散策候補に入れていたんですが、流石にそこまでの時間がなかったのです。いろいろ調べると、ちょっと寄り道する程度のボリュームではなさそうなところなんですよ。猴硐の頁で紹介したパンフレットを見ると猴硐から大粗坑歩道を通って、黄金神社、黄金博物園区まで歩けるルートがあるんですよね。
 
          現在、絶賛妄想中
 
 
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 帰りは、台北までバスで。
 流石にまた瑞芳まで戻って鉄路でと言うのはしんどい。
 
 台北までのバスは途中高速道路を通るので、座席数以上には乗れません。言い換えれば座って帰れるということです。台北まで乗る人に座席数カウント用のカードを渡し、高速道路区間の乗客数を把握しているんです。我々は完全に暗くなる前にバス乗り場に並んだので、1台見送るだけで乗れましたが、後ろを見たら長蛇の列でした。
 
 混雑必至の夕暮れの九份からの帰り方に関しては、別の項で紹介した台湾情報サイトに、「逆方向で終点金瓜石まで行って乗る」とか、「基隆まで行って鉄路で帰る」とか、 いろいろな技が紹介されていますので、参考になさって下さい。
 
 
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 バスは台北行きなので台北駅まで行くんだろうと思っていたら、忠孝復興駅でなぜか全員降りてしまいます。正確には前方の人がみんな降りたので、後も人もつられて降りちゃった感じ。それにつられて我々も降りちゃったwww。
 
 で、MRTに乗ってホテルまで。
 
 ずっとバスに乗ってりゃ、そのまま着いたんだと思うけど。
            油断して思考停止してるとあかんね。
 

2017年8月12日 (土)

台湾⑩ 平渓線終点「菁桐駅」へ

 九份に向かうにはまだ早すぎるので、平渓線の終点「菁桐(チントン)」まで行ってみることにしました。
 
 
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十分駅
 
 
 瑞芳駅から十分まで、ローカル線とは思えない混雑ぶりを見せる平渓線ですが、乗客の多くは十分駅で降りるので、ここから先はほぼ全員座れます。
 
 
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 ノンビリと車窓を楽しみながら・・・と言う間もなく菁桐駅に到着。
 
 
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菁桐駅
 
 
 ここの駅舎は1929年に建てられたもので、台湾内に現存している日本式木造駅4つのうちのひとつだそうです。
 
 
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菁桐鉄道故事館
 
 
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 駅の近くにある台湾鉄道関連グッズのお店「菁桐鉄道故事館」。日本の鉄道車両の模型やグッズもちらほら。こんなお店も由緒ある有名ローカル線の終点駅らしさの演出に一役買っていると思うのは私だけでしょうか。
 
 
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むむ・・・
幸福という駅がどこかにあると思ったらそうではないようです。
幸福までは0km、要するに十分幸福ってことで。
切符のようなデザインのお土産も売っていました。
これは、あれですよ「愛国⇔幸福」の強引なパクリじゃないですか(爆)
乗りに行ったなぁ・・・広尾線@昭和時代
 
 
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 駅前の町並みに感じるのは異国情緒ではありません、
 
           間違いなく昭和ノスタルジー
 
      これも台湾の魅力のひとつなのかなと思います。
 
 
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ぜひ入手したい沿線パンフレット
 
 
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 竹筒に願い事を書いて吊るすと叶うとされる「許願筒」は、ここ菁桐駅が発祥の地。1960年代、菁桐駅の駅員が菁桐老街の氷屋さんの女性店員に恋して、その思いを竹筒に書いて伝えたことに由来するのだそうです。 
  
 

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 十分駅にも菁桐駅周辺にも一杯ぶら下がっておりました。
 
 
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  「じゃぁな、あばよ」と、
       ネコさんに見送られながら
          菁桐駅から再び平渓線に乗って瑞芳に戻ります。
 
 
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菁桐駅から乗った車両は対面シートではなく優等列車っぽい座席。
3両のうち1両がこれでした。
 
 
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車掌さん
暑さと混雑で必死の形相?
 
 

台湾⑨ 平渓線十分駅ーランタン飛ばしとギリギリマーケット

 台湾でも人気のローカル線のひとつ「平渓線(ピンシーシェン)」。
 
 三貂嶺駅で宜蘭線から別れ菁桐駅までの12.9 kmがその区間になります。
 
 
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 ただし三貂嶺駅を始発終着とする列車は無く、すべての列車は菁桐駅と瑞芳駅 または 八斗子駅(深澳線) の間を直通で走ります。運行間隔はほぼ1時間に1本です。
 
 
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菁桐駅にて
 
 もともとは、日本統治時代の台湾において屈指の炭田といわれた菁桐坑の開発のために台陽鉱業が敷設した専用鉄道が前身。全線が完成したのは、1923年(大正12年)だということです。
 
 
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車窓風景
 
 2013年から江ノ島電鉄と友好鉄道協定が締結されており。相手側の使用済み一日乗車券を持参すると、自線の一日乗車券が無償で貰えるというサービスが行われていました。今は、使用済み周遊券を持参すると「特典付きガイドブック」がもらえるというキャンペーンが行われているようです。
 
 
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江ノ電 2016年6月撮影
 
 
 平渓線自体は超田舎、過疎地の渓流沿いの路線で、「平渓耶馬渓」とか「台湾の保津峡」などと呼ばれるほど。だから街中を走る江ノ電とは似ても似つかないのですが、きっと十分駅付近で商店街ギリギリを走る感じ(下の写真)が、江ノ電を連想させるからなんでしょうね。やや無理矢理感があるような気はしますけれど。
 
 
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十分駅
 
 「十分(シーフェン)」はランタン飛ばしで有名な街。平渓天燈節に行われる大量のランタンが一斉に空に放たれるイベントがとくに有名ですが、ランタン飛ばしは毎日行われており、誰でも願い事を書いたランタンを誰でも飛ばすことが出来ます。
 
 
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 列車が通らないときには、こうやって線路の上でランタン飛ばし
 
 松本伊代さんと早見優さんにはぜひオススメしたい観光スポットです。
 
 
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一応、こんな表示はされていますwww
 
 
 これ、飛ばしたランタンは、どーするんでしょうかねぇ。
 
 ところどころに落ちてるのを車窓から見かけたんですけど、やたらめったら落ちていないところを見ると、専門の回収屋さんでもいるんでしょうかね。自由に飛んで行ってしまうんで、かなり大変な作業だと思いますけど。
 
 
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あらあら、これって願い事叶わないパターンのヤツっすよね。
画像で分かるとおりランタンは火がついたまま飛んでいくから危ないです。
よく、火事で問題にならないモノだと思います。
 
 
 十分駅からタクシーで、台湾のナイアガラとも言われる「十分瀑布」まで往復しました。片道100元でした。料金は乗る前に確認。瑞芳、九份など行き先によって定額が決まっているようです。
 
 タクシーとは言っても滝に横付けしてもらえるわけではなく、滝が見える展望台までは遊歩道を少し歩きます
 
 
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遊歩道途中にある吊り橋。
平渓線の橋と並んで架かっています。
ここでしばらく待って撮りたかった・・・。
 
 
流石、観光スポットだけあって、それなりに観光客一杯。
 
 
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 十分で昼食になることを予め想定していたので、Webで候補の店をいくつかピックアップしておきました。しかし、実際にお店を見ると「汚いので嫌だ」とダメだし。ということで、改めて探して見つけたそこそこ小綺麗なお店で昼食。
 
 
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楼仔厝という民宿兼レストラン。
 
 
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